経済活動に注力できるのは平和であればこそである。日本を代表する財閥の一つ三井財閥の創始者の言葉の一つは、「平和のありがたさ」だった(三井文庫による紹介)。経済を持続的に繁栄させ、その恩恵を享受するには平和を持続させねばならない。
8/15は日本にとっての第二次世界大戦の終戦記念日ということで、戦争を目撃した有識者や統計を辿る研究者たちの考えを辿りながら、この平和について考えたい。本ページの目的は、読者の皆さんが読みながら戦争の原因と予防策を考え、それぞれに予防策になると少しでも信じられることを見出し行動する手助けになることである。
「なぜ戦争は起こるのか」
戦争の原因を説明する言論には、国内政治体制、国内経済環境、国際情勢の3つの観点から語られているものがある。
一つ目の国内政治体制の観点から言われるのは、「一部の狂気的な集団の暴走を止める仕組みがないから権力者の狂気を止められずに戦争を起こしてしまう」というものだ。第二次世界大戦前の日本は天皇が政治権力を持ち、天皇から直接軍事の権力を委ねられた軍部を他の政府組織は止めることが制度上できなかった。戦争も軍部の中国出先機関である関東軍によって開始されたので(満州事変)、合理的だと思える。
そうだとすれば、民主主義を確立し、選挙で選ばれた議員が軍を統治する文民統治の仕組みを整えた日本はもう安全なのだろうか?
全く安心できない事情がある。同じ第二次世界大戦に突き進んだ大国ドイツは、その時点で民主主義を確立した近代国家だったのだ。それがナチスという政党(既存権力の批判と打倒を主張するポピュリズム政党であり、いずれは独裁を志向するファシズム思想の集団だった)の選挙による台頭からおおかた民主的に独裁国家に変貌し、戦争を起こしている。先程の理屈で言えば、一部の狂気的な集団の暴走を止めるために選挙を通じて選んだ議員たちが機能するはずなのだが、彼らは戦争を主導したのだ。
同じ民主主義国家の日本も全く安心できない。なぜこのようなことが起きたのだろうか?
ドイツの現場にいて考察を深めた人物の一人として、ピーター・ドラッカー(1909-2005)という思想家がいる。経営学、マネジメントの大家として有名だと思うが、彼が企業経営の研究に傾倒したのは自由企業社会の到来を予期したから(「企業とは何か」1946年)であって元々社会学者でもある。彼は1920年代~1930年代のドイツで暮らしており、ナチスというファシズムの思想がポピュリズム政党として徐々に勢力を拡大していく過程を目撃した経験を自らの研究と重ね、「経済人の終わり」(1939年発刊)を著して戦争の危険性を説いた。
その中で強調したのは、ポピュリズム勢力拡大の背景にあったのが、主に劣悪な経済環境への民衆の怒りと絶望があったことである。すなわち、既存の体制で生活が成り立たないような経済環境に置かれた民衆が、そんな環境を作り出している現体制への怒りと絶望を感じて、その否定を熱烈に説いた政党を支持し、よく聞くと論理的に矛盾していたり危険だったりする主張だと分かっていても支持を続け、戦争へ進んだというのがその分析である。ドラッカーの先述の本の要点は下記だ。
- ナチスドイツは著作・公約・演説で、経済活動の自由・民主主義・民族多様性など既存の思想を全て誤りだと否定した
- 責任ある独裁や、民族主義を述べていた
- 主張は戦争の危険や論理矛盾に満ちていたが、人々は「本気ではない」と考えて気にしなかった
- ドラッカーが行った1930年代の民衆へのヒアリングで、ファシズムの主張を突き詰めた場合に起こる詳細な内容(戦争を起こす、差別をする等)を、誰も本気で実現されると考えていなかった
- ファシズムの主張は矛盾していた(食品の「値下げ」と「値上げ」を同時に主張しているなど)が、民衆はそれを認識していたうえで、気にしていなかった
このような現状を観察したうえで、ドラッカーは ”個人の経済的自由が、自動的あるいは弁証法的に自由と平等をもたらすわけではないことが明らかになった為、ブルジョワ資本主義とマルクス社会主義の双方の基盤となってきた人間の本性についての概念、すなわち「経済人」の概念が崩れた” と述べた。社会の中で「自由と平等」を得られなかった絶望で、既存の社会制度を否定したいと考えたエネルギーこそが、政治的な危険に突き進んだ原動力だという分析である。
この書物には、1939年のうちにウィンストン・チャーチル(1874-1965)元イギリス首相から書評がついた。彼は資本主義を大量かつ安価な生産の手段として擁護しつつも、社会の破綻の原動力については同意している。
”産業全盛のころは、自由競争体制が自由と平等を与えるものとされた。ヨーロッパ文明において中核に位置付けられていたものが、この自由と平等だった。ところが今日、大衆は、自由競争体制を自由と平等の手段と見ることをやめた。ここに今日、われわれの社会の破綻の根源がある。”
”人がファシズム全体主義に逃げ込むのは、ファシズム全体主義を信じるからではない。今日の混沌に代わりうるものならば何でもよいからである。”
と書評の中で述べているのである。
なお、チャーチルの著書「第二次世界大戦」のなかで1930年代に至るまでの、ドイツでの世界恐慌のダメージについて言及がある。
- (第一次世界大戦後に)ドイツは、信じられないほど法外な賠償支払いを宣告された。
- 1919年から1923年のあいだの賠償支払いの結果として、(当時のドイツの通貨)マルクは急激に暴落した。(中略)中産階級の貯蓄は根こそぎになった。
- 米国の株式市場の崩壊により、米国で1929年から1932年に至るあいだに、物価のとめどない暴落と、それに伴う生産の縮小が広範囲の失業をもたらした。この経済生活の変動の結果は、世界的なものとなった。
- 1930年冬におけるドイツの失業者は230万人に達した。
これらは経済環境の不安定さが政治の危険を高めたというドラッカーとチャーチルの主張のうち、経済環境の厳しさが十分に裏付けられる情報だと思う。ドイツの場合は、確かに経済環境が悪く、ポピュリズムに走る人が多くいたのだろう。しかし一つの事例の話である。第一次世界大戦でひどい仕打ちを受けた恨みなど別な事情も当時のドイツにはある。一般に、民主主義社会は経済環境の悪化によってポピュリズムのリスクを高めるのだろうか?
これについてはかつて世界最大級のヘッジファンドであったブリッジウォーターの創設者レイ・ダリオが研究を公表している(リンク先のいくつかあるレポートのうち、Populismのレポート)。この統計調査によれば、戦前も戦後も、上場企業株価が下がり失業率や経済格差が大きくなるにつれてポピュリズム政党がより多くの支持率を獲得しているという結果になった。このレポートの特徴は下記だ。
- 米国やドイツ、日本を含む10か国について、統計のある限り資産上位10%の資産割合、所得上位10%の所得割合、失業率の推移、金融市場環境(株価推移など)を調べてある
- 10か国の14のポピュリズム政党の主要政策と台頭の時期を調べてある
調べた指標をみると、富の偏り(資産割合・所得割合)と、人々の経済状態の変動(失業率・株価の推移)を探っていることがわかる。つまり、あまりに富が偏って社会への不満がたまったり、あまりに急激に経済状態が悪くなって人々の生活が不安定になることは、「とにかく今の社会システムを破壊したい(より良い社会システムへの現実的な移行を考えることはせず)」というポピュリズムを増長し、平和でない方向に社会を動かしてしまうということだ。
ここで歴史をさかのぼると、日本についてレイ・ダリオは、1920年代に経済環境が悪いなかで政府の失策への怒りが高まり、右翼が政治家を傷つける事件が立て続けに起きた点、1927年の昭和恐慌でさらに経済環境が悪くなり、ナショナリズムが国民のあいだで高まった結果、1931年の関東軍による満州侵略は国民から共感された点に言及している。
つまり、確かに国内政治体制が軍部を独立させており暴走を止められないものではあったが、「その暴走は既に経済環境の悪化でナショナリズムの思想を強めていた民衆から強く支持されていた」ことが推察されるのである。
当時の様子を、三井不動産の元社長である江戸英雄氏(1903-1997)は、私の履歴書の中で次のように記している。
”昭和四年(1929年)十月にはウォール街の株の大暴落に端を発した世界恐慌が起こって、世を挙げての不況になり、特に日本の農村の長期不況は目を覆わしめるものがあった。…(中略)…長期不況の下で右翼および軍の青年将校や農村青年の一部に、不況は財閥と既成政党が結託して利益をむさぼっているためだとして、これを打倒して「天皇親政による錦旗革命を断行すべし」という国家社会主義的風潮が澎湃として起こってきた。”
まさに不況を起点として既存体制への不満が高まり、その革命的な破壊を掲げるポピュリズムが台頭する社会情勢の描写なのである。
猪瀬直樹さんの著作「昭和16年夏の敗戦」では1941年の戦争シミュレーション結果を当時の政権が冷静に検討して採用すれば戦争を防げたのではないかと投げかけているが、劣悪な経済環境で極度の社会不安に陥ってしまっていた状況を考えれば、論理的な正しさを政権幹部で共通認識化しても戦争を防ぐのはもはや無理だったと思う。
仮に東条内閣が敗戦のシミュレーションを信頼し、「危険だから戦争拡大はやめよう」と決めたとしても、新たな暴徒が政権を奪い戦争に突き進んだであろう。暴走が経済環境に打ちひしがれた国民に強く支持されるからである。
経済環境の悪化で社会不安が起きる現象は当時から民主主義国家であった米国でも例外ではなく、第一次世界大戦後の1920~1921年に不況に見舞われた際(失業率が10%を超え銀行倒産が相次いだ)、モルガン商会(現在のJ.P.モルガン)に対する爆弾テロが起こっている。(「モルガン家」ロン・チャーナウ)
次に国際環境の観点について、チャーチルは先に紹介した著作「第二次世界大戦」のなかで、ナチスドイツについていえば、イギリスやフランス、アメリカなどの有力国がドイツによるラインラント進駐の際に強く反発しておくなど侵略反対の強い意志を示していれば延期できたはずだと述べている。
”(1935年までに)国際連盟の権威に基く断固たる決定が行われていたら - それは容易にできたはずであった - 全体の成行きを阻止することができていたかもしれなかったのだ。ドイツはジュネーブの裁きの前に呼び出されて、徹底的に説明を求められたであろうし、また条約に違反して実行されたドイツの軍備と軍編成の状況を、連合国側の調査団に調査させることもできたであろう。あるいはまた、ドイツがこれを拒絶した場合は、ヴェルサイユ条約に従うことが保証されるまでは、実際的な抵抗の可能性や、流血を招くようなこともなしに、ライン橋頭堡を再占領することもできたであろう。このようにして第二次世界大戦は、少なくともいつまでも延期することができたであろう。”
延期であって戦争を起こそうとする意志を除けるわけではないが、国際環境が武力侵略をとどめる強い姿勢を打ち出すものであれば、抑止力にはなりそうだったというのが当時を生きた指導者の実感である。ただ、この考えには、米国との国力の差や反撃されることを理解しながら真珠湾攻撃を仕掛けた日本という反例があり、国際環境の認識は最重要ではないのだと思う。
すなわち、「なぜ戦争は起こるのか」の答えは、民主主義国家を起点とすると「経済環境の悪化で戦争の機運が高まるから」となりそうだ。この機運の高まりが実際に戦争まで至るかどうかでは国内政治体制の民主制度合いや国際環境の抑止度合いが関わってくるが、後者は万全にしていても防げるものではないのである。流れをまとめると以下の図式である。
民主主義国家として安定している⇒①経済環境の悪化で生活の苦しい人が増える⇒②主要な勢力までポピュリズムが台頭する⇒③暴力などで国内政治体制の歯止めが効かない状態(独裁など)になる or 悪化する⇒④国際政治の抑止がうまく行われない or 行われても狂気で暴走する⇒⑤戦争が起こる
自国の問題として考えた時、この流れを実際に途中で止めるには①に向かう段階で予防することが最も重要である。
他国の問題として考えた時、この流れを実際に途中で止めるには①の状態で早期に支援して安定状態に戻すか、③まで来てしまっているなら④の抑止力を効かせることが重要になるだろう。
「どうすれば予防できるのか」
日本を含む今の民主主義国を前提とするなら、「経済環境を良く保つこと」に尽きる。安定状態から①の状態に進めないことが重要なのだ。そしてこれは既にどの社会でも取り組んでいて、経済環境悪化のメカニズムには私にも分からないことが多い。
以下はこのメカニズムの研究を理解できる範囲でまとめた、参考資料の位置づけである。
(参考:経済環境を良く保つための方法諸説)
経済環境が狂わないよう対応する施策群について、2024年にノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル教授は政治体制の重要性を説いた。教授らによる「国家はなぜ衰退するのか」はその解説をしており、少なくとも私は強い説得力を感じた。「ルール作りの主体を社会全体で担い(包括的な民主主義)、作られたルールの実施を皆でモニタリングし続けて守らせる体制を保つ」というのがその主眼である。具体的なものは下記だ。:
- 人々の勤勉と発明を呼び起こす経済制度を作ること
- そのために、社会のあらゆる勢力を含む包括的な民主主義でルールや公共投資を決めること
- 結果1:財産権の保護や特許の保護、自由競争など、勤勉と発明に向けたモチベーションを引き出す法制度が作り出される
- 結果2:テクノロジーのより良い活用のための教育や公共道路など、基礎的な支援が政府の公共投資で作り出される
- そのために、社会のあらゆる勢力を含む包括的な民主主義でルールや公共投資を決めること
- 作った経済制度を運用すること
- そのために、行政・司法など多元的な権力が相互に監視してルールを守ること
- 結果3:規制の是非、公共投資や税制度の内容といった諸々の争いごとがおおかた公正に解決される
- そのために、行政・司法など多元的な権力が相互に監視してルールを守ること
これらの制度の下、人々が勤勉に働き発明を社会に活かすことで、働いた本人も社会も豊かな経済環境を保つ仕組みだ。
まず、これまでの安定性はどうだろうか。
- ルール作りを社会の全体で担う点については、日本は既に民主主義国として社会全体を代表する政府があり、経済の法制度について先進国として議論が続けられ、ルールは細部のアップデートを続けながらも作られていると思える。世界銀行では各国の「国民が健全な選挙を通じて政府を選び監視できるか」の度合いをモニタリングして毎年開示しているが(”Voice and Accountability”の項目)、日本は毎年大体トップ20%の上位層に位置している。
- ルールを作れた後の実施のモニタリングについて、法の支配全体についての有効性については世界銀行の先述のモニタリングで、同じく日本は毎年世界トップ20%の上位層に位置している("Rule of Low"の項目)。経済環境を安定化させるための日本の仕組みは整っているとみてよさそうだ。
しかしこれらの政治・経済環境は日々動いており、年次のモニタリングで後から悪化に気づいても仕方がない。日常的にはどのような事象や指標に注意しておけばよいのか?
先の「国家はなぜ衰退するのか」では、安定した体制の破壊の例として1990年代のペルーとベネズエラで起きた大統領による議会閉鎖など、世界中でこれまでに起きた「行政権を握った者の横暴」というパターンが多く挙げられている(弾圧の対象は議会に限らず、司法や中央銀行も事例に含まれる)。
こうした分かれ目にあって、メディア、財界、司法、他議員など他の勢力がまとまって反発し、安定した体制に押し戻せるとその国家は繁栄の路線を保つことが出来る。
この包括的民主主義体制に対する試練は、行政権を握った者の行動次第でいつでも訪れる。世界銀行のモニタリングで高得点を取っている国であっても同様で、現代でも行政権を握った者と他の勢力の衝突はニュースでいくらでも流れている。現在も未来も常に現在進行形である。
⇒「行政権を握っている者が他の政府機関に圧力をかける行為やその報道」は「経済環境の安定の基盤となる体制が崩されかねない」として注意すべき事象である。圧力を防ぐ声をあげることが経済環境の安定につながる。
また、ダロン・アセモグル教授の提唱する仕組みがうまく運用されることを、政府側ではなく体制内で暮らす社会人側の視点からまとめ直すとこうなる。
⇒整った法体制のもとで、日々勤勉に働き、発明に取り組む。
他国の暴走を防ぐ④の観点について、チャーチルが述べたように、有力国での連携をとって暴力を封じ込めるという取り組みがその達成までは常に必要とされるだろう。経済環境の不安定化など、暴力の予兆が見られる国家の軍事力を、連携する友好国の軍事力が上回り続ける状態を保たなければならない。
⇒経済環境の悪化した国家の軍事力は「戦争で直面しかねない軍事力」として注意すべき内容である。自国の強化や包括的な民主主義を持つ国々との提携が常に軍事力で優位を保てているようモニタリングすることが平和につながる。
まとめ
戦争の原因と対応策の諸説を考慮したうえで、今の時点でモニタリングして対応を取るのが有効と思われる項目をまとめる。
- 「行政権を握っている者が他の政府機関に圧力をかける行為やその報道」は「経済環境の安定の基盤となる体制が崩されかねない」として注意し、圧力を防ぐ声をあげる。
- 日々勤勉に働き、発明に取り組む。
- 経済環境の悪化した国家の軍事力は「戦争で直面しかねない軍事力」として注意し、自国の強化や包括的な民主主義を持つ国々との提携を通じて常に優位な軍事力を保つ意志をもつ。