経営体制と、その体制を運用する個人の関係は企業制が始まった頃から議論される。広く「ガバナンスと個人」まで広げれば、古代から議論されてきたテーマでもある。
”組織が判断を下すことはあり得ない。組織の働きは、既存の尺度に沿って、秩序立った判断が下せるような枠組みを用意することだ。判断を下し、その判断に責任を持つのは、一人ひとりの人材である。”
”私はGMの経営に携わってきた期間の大半を、これまで説明してきたような経営体制(主に事業部制や本社の各種委員会)を立ち上げ、組織づくりをし、時には再編成するといった仕事に費やしてきた。なぜなら、GMのような組織では、意思決定のために適切な枠組みを用意することが、何にも増して重要なのである。このような枠組みは、意識して保とうとしないかぎり、緩んでいくのが避けられない。集団での意思決定は必ずしも容易ではない。”(「GMとともに」アルフレッド・スローン)
”古くはプラトンやアリストテレスの時代から、統治(ガバナンス)という問題に関しては似て非なる二つの考え方がある。かたや制度的アプローチとでも呼ぶべきもので、「政府・企業を問わず、統治とは明確な枠組みを基礎にすべきで、その枠組みによって何よりもまず秩序立った権力交代を実現し、独裁を防がなくてはならない」とされる。もう一つのアプローチは政治思想上「君主の教育」と呼ばれ、統治者の人格や徳を重んじている。以前から考えられている通り、実際には両方のアプローチが必要だろう。…(中略)…スローンは稀にみる読書家で、二つの思潮があることを心得ていた。合衆国憲法を何度となく読み直して、それを参考にしながらGM、いやひいては大企業一般の経営組織や経営がどうあるべきかに思いをめぐらせたのだと、一度ならず語っていたものだ。” (同書に寄せられたピーター・ドラッカーの序文)
枠組みと個人の努力
経営者交代のタイミングや、PEファンド支援で株主まで交代する時など、新たに着任した経営者は過去の制度をどこまで引き継ぐべきなのか、それをどのように運用すれば組織が上手く回るのか、きっと迷うことだろう。優れた枠組みと個々の人間の努力があって経営体制のガバナンスが上手くいくというのは、注目すべき観点を定めてくれる一方で実施困難なメッセージである。
枠組みについては、両者とも事業部制による分権化と本社(経営幹部の各種会議体)を通じた全体の調和の在り方を時代に合わせて様々に調整したことが述べられる。
経営者に求める人格については、アルフレッド・スローンは(簡潔に記すことをしておらず)本人の思考を「GMとともに」から考え出すほかにない。分権化と協調が上手く人の能力を引き出すように枠組みを考える、事実に向き合うためにデータを集め分析する、など様々に言えそうだ。ピーター・ドラッカーは他の著作で企業経営における統治者の人格を説明している。一言でまとめるならば成果主義者である。スローンへの間近での観察も基になった意見であり、貴重な内容だと言える。
1954年の「現代の経営」では、企業の全体としての業績に責任を持つ姿勢が強調される。
- アンチパターンとして専門能力への追求心で目標とのバランスを見失うこと、仲の良さと仕事ぶりの良さとのバランスを見失うこと、CEOが一人で何でもしようとすることなどを挙げており、
- 良いパターンとして組織や個人の整合性ある目標設定に取り組むこと、コミュニケーションでの動機づけ、人の強みに注力して「凡人に卓越を成し遂げさせる」仕組みを作り上げるよう行動規範を作りあげることなどを挙げる。
1966年の「経営者の条件」では、良いリーダーであった人々を観察した結果見出された習慣を挙げている。
「なされるべきことを数個に集中し日次で考えて対応する習慣がある」「不確定でもアクションプランを策定して時間効率を高める習慣がある」と述べるなど、成果主義をつきつめて実践するような習慣が強調される。
枠組みの形骸化のケース
スローン時代のGMでは枠組みと経営者の努力がうまく調和していたが、他でも枠組みさえ上手く作られていれば、人はうまいこと機能させるのではないか。うまくいった枠組みが悪影響を及ぼすことになるという例など、本当にあるのだろうか。日本で枠組みが上手く機能できた一方、後に諸悪の根源のように語られた事例がある。東芝のチャレンジ制度だ(報告書の195ページあたりに記載がある)。2015年に悪く言われたこの制度は、もともと1960年代に優れた経営者が事業部と本社の連携のために築いた枠組みだった。
1965年から東芝社長を務めた土光敏夫さん(1896-1988)の「私の履歴書」に残るのは、長年勤めた石川島播磨重工業から東芝に社長として移り(それまでも非常勤で関わっていた)、1965年から1972年まで経営改革を行った記録である。この間増収増益を続けている。着任時に6万人超の従業員を抱える日本最大級の企業であった。
おそらくドラッカーの書籍は土光さんも目を通しただろうが、経営を担うにあたり、基本方針としたのは事業部制と本社による調整機能の改革だった。分権と調和が気にされている。
- ”社員の意識改革を行い、組織にバイタリティーを吹き込むには、機構改革が手っ取り早い。まず、それに手を付けた。従来あった専務会や常務会を廃止し、新たに「経営幹部会」を設けた。経営幹部会は、常務以上の役員が社長と一体となって経営方針を検討し、決定する最高の機関とした。”
- ”今までは事業部長の上に担当役員がいて、事業部長は役員に決裁を仰がなければ事が処理出来ない仕組みになっていたのを、決裁権まで事業部長に与えて、百パーセントの権限移譲をした。…(中略)…日常の仕事は事業部に前面にまかせ、トップ、役員は、その活動を外側から管理し、援護すればいいのである。こうしておけば、なにもかも自主的にやらざるを得ない。「今年度は、これこれを目標に、○○額の利益を上げよう」。目標は自分たちで作ったのだから、その達成のために全員ハッスルする。”
- ”彼らが目標を達成出来なかったとき、「チャレンジ」する。自分たちで決めたことがなぜ出来なかったのか。その説明を要求し、議論を呼びかける。そこで、相手はすばやくレスポンスしなければならない。チャレンジとレスポンスの中で、活発なバイタリティーと相互の信頼関係が生まれる。…(中略)…仕事の上では、社長も社員も同格なのである。その同格という意識を持つには、ディスカッションするのがいちばんいい。”
- ”チャレンジは、日本語では挑戦などと訳すが、もう少し違うニュアンスなのである。「参加を促す議論、呼びかけ」、あるいは「説明の要求」というようなことである。”
チャレンジ制度は当初、分権制での権限譲渡に伴う説明責任付与としての性質をもち、これを通じて対等に議論を行い、共に達成方法を考える仕組みだったようだ。土光社長自らエレベーターなどの営業に出向き、各事業部の目標達成を支援していたエピソードもふんだんに登場する。
しかし2015年、東芝が粉飾決算を経て発表した第三者委員会報告で出てくるチャレンジ制度は名前だけは同じであるが意味が全く異なる。そこに活発なディスカッションは見られず、なによりチャレンジの意味が「業績改善の指示」になってしまっている。
- P30:財務部は、カンパニーによる前月の実績及び当月の見込の報告を踏まえ、各カンパニー(事業部)にどのように業績改善の指示(「チャレンジ」と呼ばれる。)を行うかをP(社長)に提案し、Pがチャレンジの内容を決定する。また、CP(事業部長)は毎月の社長月例において各カンパニーの見込み及び実績を報告するが、社長月例の機会に、PからCPに対して、必要に応じてチャレンジが伝えられる。
- P188:遅くとも2011年度以降は、映像カンパニー等の幹部は、社長月例等の会議の場や個別のやりとりにおいて、コーポレート社長(東芝社長)から厳しい叱責と共にチャレンジがなされることも稀ではなかった。
- P195:こうした状況の下、映像カンパニー等側ではあらゆる手段を講じてそれを達成することが最優先され、…(中略)…不適切C/O(キャリーオーバー。財務施策の一種)についても金額を明示して指示するようになった。このように、不適切C/Oを誘発した一番の原因は、コーポレートトップの過度なチャレンジ達成要求にあるものと思料される。
本社と事業部で会議する場という「チャレンジ制度」の枠組みだけが残り、そこでディスカッションして共に達成に向けた方法を話し合うということ、本社も実際にトップ営業など協力していたことなどの実質は残らなかった様子がうかがわれる。
枠組みの変化と維持
経営体制は企業の置かれた環境に応じた変化を求められる。他の記事で述べたように、企業規模拡大につれてCEOから常務会というチーム体制に移行していった20世紀のトレンドなどもその一つだし、アルフレッド・スローンの作り出した分権制+本社の各種会議体という枠組みもその一つだろう。
一方で、作り出された枠組みがその意義を理解されながら組織の中で有効に働くにも、維持のための個人の努力が必要と言える。東芝のチャレンジ制度の事例では、50年経った際に、その目的や手法に対する理解がどこかで伝承されなかったことが伺われた。
土光敏夫さんは、チャレンジ制度を思いついたのはアーノルド・トインビーの「歴史の研究」からだと述べている。これは歴史学が好きな人なら一度はかじるような有名な書籍だ。彼は、創造的なリーダーたちが文明を成長させたあと、その繁栄を保つ為に行うべきことやその難しさを次のように述べている。
- 成長は創造的個人と創造的少数者によって成しとげられるが、彼らは、なんらかの方法で仲間を共に前進させないかぎり、彼ら自身、前進を続けてゆくことができない。
- 指導者の任務は、その仲間についてこさせることである。…(中略)…唯一の手段は、原始的でかつ普遍的なミメシス(模倣)の能力を利用することである。このミメシスは、いわば一種の社会的訓練である。
- 危険は常に、いつ起こるかわからない状態にある。というのは、成長を維持するために必要な条件は、不断の柔軟性と自発性であるが、これに反し、成長の前提条件である効果的なミメシスに必要な条件は、相当程度の機械的自動性であるからである。
- (指導者が指導する能力を失うと、彼らの権力保有は濫用になる。兵卒は反抗し、士官は力ずくで秩序を回復しようとする。…(中略)…結果は目もあてられぬ大混乱であって、隊形がすっかりくずれ、収拾のつかぬ支離滅裂の状態におちいる。)
経営体制を築き上げたリーダーは、周囲の経営層や次の世代の経営層に、枠組みの考え方や運用方法を教え、それを模倣させ、なおかつ新たな変化に対応し枠組みを自ら変更できるような創造性を教えた相手に持たせ続けなければならないのだ。これを何世代にもわたって続けるのは確かに大変そうなことである。
少なくとも、枠組みと運用する人々の能力・創造性を保つことへの注目は常に必要そうだ。