MITスローン校にその名をとどめるアルフレッド・スローン(1875-1966)は、GM(ゼネラル・モーターズ)のトップを30年以上務めて繁栄を築き上げた偉大な経営者であるとともに、ドラッカーの評価によればプロ経営者の起源である。
その著書「GMとともに」はドラッカーから下記の通り絶賛されているほか、Microsoft社のビル・ゲイツから「経営書を一冊読むならこの本」と評価されている(「@思考スピードの経営」ビル・ゲイツ。スローンが「事実に基づく経営」を方針として経営指標の可視化を行ったことを強調し、IT製品をPRしているが、)本である。
(ピーター・ドラッカーによる「GMとともに」序文より抜粋)
- ”これ以上の経営書を私は知らない。”
- ”氏は自分こそが最初に大企業の組織を体系的につくり、プランニング、戦略立案、業績評価を取り入れ、事業部制の原理を生み出した、すなわちマネジメントを築き上げたのだと自負していた。私もその通りだと思う。”
- ”ここに浮き彫りにされているのはアルフレッド・P・スローンの実像ではなく、プロフェッショナル・マネジャーの模範としてのスローンだ。”
それでは、アルフレッド・スローンはどのようにして経営の力を習得したのだろうか?そのキャリアを経年記録で辿ると次の通りだ。
- 1895年、MITの電気工学の学位を得て卒業し、自動車部品メーカーのハイアット・ローラー・ベアリング・カンパニー(ハイアット社)に就職。25名程度の企業で、スローンは製図、セールス、雑用を担ったという
- 1896年頃、家庭用冷蔵庫メーカーに転職
- 1898年、ハイアット社が清算直前になり、スローンの父親たちが援助。スローンは社長として経営に関与(!)
- 以後、自動車会社に営業する関係で、自動車産業の創始者たち(フォード、クライスラー等)と関わるようになる
- 1916年、ハイアット社をウィリアム・デュラントに売却
- デュラントは自動車関連会社への投資を手掛け、GMやシボレーを創業したことから、金融業界・自動車業界で知られていた
- ハイアット社買収の頃は、自動車部品会社を多く買収して一つの会社ユナイテッド・モーターズに束ねることを目論んでいた
- 1916年にユナイテッド・モーターズは設立され、スローンがその社長となった
- 1918年、ユナイテッド・モーターズがGMに買収・吸収され、スローンはGMの取締役になった
- この頃、「組織についての原則」を書き、社内文書として経営層で共有し、事業部制を求める考えを表明した
- 本社と事業部、事業部間の役割整理をこの文書での目標としていた
- 1920年、第一次大戦後の不況のあおりで業績悪化、デュラント社長が退任、スローンは経営をリードし始めた
- 社長職は大株主のデュポンが引き継いだ
- スローンはデュポンの補佐役として実務を担った
- 財務コントロールなどの仕組みを提唱した
- 車の製品ラインナップを価格帯別(この当時は、≒顧客層)ごとに重複しないよう見直した
- 低価格帯に進出する事業戦略を提唱した
- 研究開発を指揮した
- 1923年、デュポンから推薦を受けてGM社長に就任した
- 以後、事業部制の確立など組織改革を主に推進
- ”私はGMの経営に携わってきた期間の大半を、これまで説明してきたような経営体制を立ち上げ、組織づくりをし、時には再編成するといった仕事に費やしてきた。なぜなら、GMのような組織(注:おそらく「大規模」の意図)では、意思決定のために適切な枠組みを用意することが、何にも増して重要なのである。このような枠組みは、意識して保とうとしないかぎり、緩んでいくのが避けられない。”
- その後、スローンがトップを務める期間にGMは成長を続け、1956年に名誉会長に退いた。1963年の著作当時で60万人を超える従業員がGMに勤めていた。
スローンが経営の力を習得した源をたどると、大学で経営を特に学んだわけでもないので、20代からどこかの大企業の系列でもない、父親たちの投資先中小企業の社長を担ったことで、自立的に経営を成り立たせなければならない環境に鍛えられ、考えを深め続けてきたのだろうと思われる。私の履歴書に出てくるような経営者と比べても特徴的なのは「早くから経営の仕事をしていたこと」「自分の考える優れた経営方法を言葉にして整理していること」である。
一見すると再現性があまりないように思われるキャリアだが、同じ軌道に乗りうるキャリアは現代にも存在していると思う。
- 小規模なPEファンド投資案件における投資先企業
- サーチファンドの投資先企業
といった独立系の中小企業の経営を担い、その中で自分なりに優れた経営方法を言葉にしてまとめてみる、という道である。
ファンドから入って改革を主導するか、経営者の役割を任せてもらうかといったいくつかの入り方があり得る。且つ、急成長産業に部品提供でもよいので関わっていることが重要だ。スローンがハイアット社およびGMの社長を務めた期間は自動車産業がまさに急成長していた時期であり、名経営者になった大きな追い風であったことは間違いない。
企業が立ち行かなくなるリスクもあり、かなりの挑戦ではあるが、20代からそのような機会があるとすれば相当に鍛えられる良い道であるようにも思う。
(2026/8現在、「GMとともに」日本語版は電子版で販売されていない。本社と事業部、事業部間の関係性の課題など現代にも共通するテーマが扱われているところ、もったいないようにも思う)