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産業史の読み解き

物流改革の歴史的事例

公開日:2026/9/5

創業者世代で急成長を遂げ、展開する地域も取り扱う製品ラインナップも拡大する。そんな頃に世代交代も思い浮かび始め、経営も常務会などチーム体制に移行していくことを検討し始める…。

中堅中小企業がこれを自力で行うのかPEファンドの支援を受けて行うのかはともかく、このような局面で経営改善の戦略を考えた時、それを構成する施策群の一つとして物流改革は必ず上がってくるだろう。

今回扱うのは、その成功を遂げた代表的な企業である米国のウォルマートだ。大型の安売りスーパー「ウォルマート」を運営する小売会社である。2026/9/5時点の時価総額をみたら8500億USD以上と世界トップ20位に入っており、小売業ではAmazonに次いで2位であった。リアルな店舗を中心とする小売業では世界一だ。
この成功の礎として創業者のサム・ウォルトンも認めているのが、1960年代後半~1970年代にかけての物流改革だ。この取り組みを行う前後の様子は自伝「私のウォルマート商法」に記載されている。まず前の状態は下記だ。

  • ”1960年代後半には、ウォルマートは12店を超え、バラエティストア(食品以外も含めて品揃え重視で必ずしも安売ではない小売店)は14か15店になっていた。”
  • ”Kマートとウルコは、何千もの自分の店に商品を納品するのに、一貫した物流システムを使っていた。一方、片田舎のわが社では、一定のディストリビューターもなく、店長たちがセールスマンに発注すると、ある日どこからかトラックがやって来て店に商品を置いていく、という状態だった。だが当時でさえ、これではやっていけなかった。”

ここに対して、サム・ウォルトンは自社でも物流システム(物流施設などハードと、情報連携のためのソフトウェア)を築き上げる必要を感じて、社長であるサム自身がIBMのコンピュータ学校に通って勉強したり、小売事業者の協会に加入して情報収集したり、IBMの学校で出会った人と仲良くなりその人の物流施設を見学させてもらったり、まず情報を集めて回っている。そうした検討を経て、実際に施策を実施していった。

  • ”ボブ・ソーントンという者を雇い入れた。彼はオマハでニューベリー社の物流センターを運営していた。ボブとはわが社の物流センターづくりをしてもらう、という約束だった。”
  • ”ロン・メイヤーに会ったのもその学校(注:IBMの学校)である。彼はカンザスのダックウォール・ストアの若くて優秀な財務部長だったが、私は彼をわが社に引き抜こうと狙いを定め、ただちに誘い始めた。…(中略)…1968年、ロン・メイヤーは財務および物流部門の副社長として、ウォルマート社の経営に参加したのである。”
  • ”ロンがわが社に在籍した1968年から76年までの期間は、ウォルマート発展の歴史の中でも、もっとも重要な時期だったと考えている。…(中略)…彼と彼が連れて来たスタッフ、たとえば、初代のデータ処理係長であったロイス・チェンバースらは、わが社に初めて高度なコンピュータ・システムを導入した功労者である。”
  • ”(物流センター見学の)ツアーの結果、私は物流センターの必要性を確信した。また、誰しもが新しい本部をつくれと私をせっついた。そこで、ベントンビル郊外の15エーカー(約1万8300坪)の農地を購入することにした…(中略)…約1700坪の物流センターを建設することにした”

こうして、人材を集め、設備を整えて、物流システムを構築したのである。これが次の飛躍の礎になったという。1970年にウォルマートは上場している。

  • ”新しいシステムを構築したのだが、それによって事業は急速に発展していった。…(中略)…個々の店の発注や入荷を物流センターに集める商品集荷方式や、物流センターの一方で発注品が入荷すると、ただちにそれを個々の店ごとに集めてセンターの別の出口から配送する、クロスドッキング方式などである。”
  • ”1960年代の終わりには、ウォルマートは大きく飛躍するのに最適の位置にあった。わが社には信じるに足るチェーン化の手法と、プロの経営陣と、成長を支えるサポート体制の基礎ができていた。”

この取り組みは、中堅中小時代のウォルマートが行ったことであり、このような人材採用と設備投資を行って自社のサプライチェーンを次のレベルに引き上げることは、具体的な方法は変わってくるにしても、再現性があるように思える。
そして、先に挙げたサム・ウォルトンの自伝を読んでいただけると更に強く感じると思うが、何より楽しそうな語り口なのが印象的なのである。

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